猫の骨関節症と新薬について
猫の骨関節症に対する新しい薬が発売されました。zoetisさんから発売された「ソレンシア」という注射薬です。
猫の骨関節症は、実はかなりの割合の猫が罹患しているにも関わらず、zoetis社の調査によると約70%の飼い主様が疾患自体を知らないとのこと。新薬の関連セミナーを聴講したので、この機会に飼い主様への啓発と、自分の整理を兼ねてまとめてみました。
そもそも骨関節症(OA)とは?
肘・膝・股関節などに多く発症する「関節構造を変性させて痛みを引き起こす疾患」と説明されます。国内外問わず犬で広く認識されている一方、猫ではあまり知られていないひとつの理由として、犬がはっきりした症状として跛行(いわゆる びっこ)を示すのに対し、猫はOAに罹患しても明らかな跛行を示さないため、と言われています。
症状がわかりにくく、年齢のせいにされてしまうことが多いけれど、実は痛みを抱えた状態なのです。
どんなときに疑うのか?
必ずしも破行を示さないことから
- 元気がない
- ソファなど高所に登る(降りる)時に躊躇する、スムーズに登る(降りる)ことができない。
- 爪とぎや毛づくろいをしなくなった
- 寝ている時間が長くなった
このような一見すると年のせいにしてしまいそうな症状が、実は痛みのサインかもしれない、ということです。
どんな猫が要注意?(リスク因子)
加齢、過体重です。肥満した高齢の猫が高い確率で罹患しているということです。
猫は犬と違い高低差のある空間移動を好みます。重力から体を支える四肢にかかる負担がダメージを蓄積させ、関節を痛めやすい背景があると考えられています。
OAかどうかを調べるには(診断)
実は最も重要なことはご家庭での歩様確認です。
つまり動画撮影が有効です。
これだけでかなり絞り込める可能性があります。ほとんどの猫は動物病院で自然な歩き方を見せてくれません。おびえて動かなくなる・逃亡を試みる子のほうが多いです。
あえて強調しますが、いつもの歩き方を動画で見せていただくことが最重要です。
動画の撮り方は「猫 歩き方」などで検索していただくとすぐに見つかると思います。背中しか映っていない、暗くてよく見えないでは判断できないこともあります。
OAの疑いありとなれば四肢の触診、次にレントゲン検査へ進みます。
歩様異常=関節疾患とは限らず、糖尿病、心臓病その他も可能性を排除しつつ検査を進めます。
実はレントゲンでも必ず見つけられるというものでなく、歩行異常はあるのに画像上は異常がないこともあります。
診断の難しさも猫のOAが広く一般に認識されない理由かと思われます。
肘関節のOA所見
治療方法は?新薬とは?
よく使われるのは非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)です。疼痛緩和に一定の効果はあるものの、副作用として腎障害・消化器障害が問題になることがあります。OA罹患猫は多くが高齢で(10歳以上から増えはじめる)、老化による慢性腎臓病(15歳以上では最大80%の猫が罹患とも)リスクも上昇していることが予想されます。事前に血液検査をしても投薬後の腎機能悪化リスクはなくならないため、使用には慎重さが求められます。
その他、医薬品外でサプリメントも使用されます。
体重過多の子にダイエットは言うまでもありませんが、過度な運動は逆効果です。
そして今回発売の新薬ソレンシアです。抗NGF抗体薬という注射薬です。OAの関節内にはNGF(神経成長因子)という痛み・炎症の媒介因子が放出されます。それが本来は存在しないはずの場所に血管、そして神経を伸長させてしまいます。感覚神経が伸長することでさらに痛みに敏感になり、痛くて動かないことがより病態を悪化させる負のループに陥ると考えられます。
抗NGF抗体薬はこの神経の伸長や痛みの伝達を抑えます。
注射後1か月間の効果が持続し、薬を飲ませる必要がないため、飼い主様の負担を大きく軽減できることは大きなメリットです。NSAIDsのような腎障害のリスクも低いとされています。ただし、傷めた関節構造を元通りに治してくれる薬ではなく、「痛みを緩和し進行を遅らせ」てQOLの向上を目的とする薬であることもよく理解すべき点と思います。
まとめ
OAの診断がついてNSAIDsが使いにくい子には期待できる薬と思います。
副作用報告は海外での情報が中心ですが消化器症状や注射部位疼痛など。ゼロでは無さそうですが、現時点で重大な副作用は報告されていないようです。今後の情報を注視です。
モノクローナル抗体薬という最新の治療薬のため、薬価がやや高価になることは避けられず、この点は使用前に飼い主様に納得して貰えるよう、丁寧な説明を要する点かと思います。とくに体重7kgを境に必要量が大きく増えます。ダイエットの重要性を知って頂きたい所です。
抗体医薬の発展は目覚ましく、ソレンシアは犬アトピー性皮膚炎で広く使用されている サイトポイント と同じ部類の薬になります。zoetisさんは今後、犬用の「リブレラ」も発売予定とのことです。
最後に、今回は病気の周知が重要と考え、新薬の説明よりもOAの解説に重点を置きました。
ねらいは飼い主様に広く猫のOAを知っていただく事です。
かくいう自分も昨年はじめて四十肩と知り合いました。一時は寝返りうつのも苦痛で、回復した今も肩の可動域がわずかに狭くなりました。老化は誰にも避けられませんが、痛みが心身の活動を狭めてしまうのは人も動物も同じかと思います。
長文お読み頂きありがとうございました。本稿が飼い主様にとって、猫の痛みを想像する一助になれば幸いです。